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会員のみなさま 1159                  後醍院 廣幸
 
おはようございます。本日は2020年7月26日(日)、現在は朝の7時15分です。
 
 今朝は7時間十分就寝で寝起きは良い方です。それにしても夜中中よく雨が降りましたね。
今後では今日明日は曇りでその後の3日間はまた雨マークがついています。7月中に梅雨が
明けることはまずなさそうです。
 昨日は予定していた墓参りは諦めました。丸源でラーメンを食し、ヤオコーで買い物をして
帰宅しました。7月の最終週は5日間の内4日間出社&出廷1日となっています。8月は
会社の我ら高齢者対策から殆んど休みとなります。9月以降の就業に関しては8月の早いうちに
続行するかどうか決めます。
 近在のトマトやきゅうり・枝豆販売の農家ではこの週末が本年の夏野菜販売が終わるようです。
残念だが仕方ありませんね。これが自然です。我が仕事も夏野菜の終了と同時に終了するかも
しれません。
 
 相変わらずコロナ禍による感染者数は増加の一途ですね。昨日は東京で295人、大阪で
132人、全国では759人となっています。日本列島クラスター発生状況を見ると、当方と縁
がある場所で多くなっています。昨日は鹿児島県の孤島・与論島の唯一の総合病院である
徳洲会病院で発生。ここには当方都合で3カ月滞在したことがあります。そして、15年前に
1年間単身赴任していた宮崎県では昨日、スナックでクラスターが発生しています。この調子だと
当方が長逗留したことがある東京都小笠原村とかもう増大が始まっている大阪あたりは今後、
ジャガジャガ増えていきそうです。
 
 水害が普通に多く発生しそうな夏が始まっています。去年の千葉県台風禍、本年の球磨川
氾濫に続き、都民として一番怖いのは荒川の氾濫でしょうね!?!高潮の恐怖という題の
記事がありましたので紹介しておきます。荒川氾濫の影響を受ける5区・・・江戸川、葛飾、足立、
墨田、江東 です。この江東5区は高潮によってほゞ全域が浸水すると予想されています。場所に
よっては10メートルの深さの水の底に沈む・・・そうです。葛西臨海公園豊洲、東雲は大丈夫
と報告されていますが果たして???です。水害予想からこれらの地域は高台になるところに
作られているようですが、実際に大水害が来てみないと?でしょうね。
 もう一つ水害のひとつでは、東京五輪OWS会場お台場は”肥溜め”…1年延期でも浄化不能
・・・という記事もあります。「臭い」と声が上がった昨夏から、お台場の水質はほとんど改善されて
いないようです。怖いのは、目下、拡大中の新型コロナウイルスが、感染者の糞尿に残留し、
下水道を通じて海に放出されている恐れがあることです。
 
 当方、完璧に観戦する気も購入する気も無くなった競馬ですが恐らく今日も見ないと思います。
相撲は飲みながら見学という一手がありますので昨日も4時台から飲んでいましたが。
それでも観客数が少なすぎて超面白くないですね!まったく盛り上がりません。やはり、砂被り
あたりに綺麗どころ(芸者衆)が観戦していないと相撲ではないです。
 
 今日はこの後の外出は無しです。買い物すらありません。明日からの1週間は地獄の責め苦
(ほゞ仕事場就業)が待っています。早く辞めたいものです。
 
 
というわけですが量子物理学は勉強しましょう!
 
 
量子物理学
 
 
 
 転生の概念を受け入れている他の教えも、形式的な部分や詳細を除けば神智学と大差ない。ヨーロッパの「心霊主義」の教えは、百年や千年後ではなく、数年後や数か月後のより素早い転生の可能性を認めている。現代の仏教は、前に述べたように、死後即座に転生すると考えている。この最後の場合、転生する原理は(仏教では「魂」の存在が否定されているという事実のために)「死に行く人の最期の想念」である。
 私は『ターシャム・オルガヌム』の中で、時間という概念に関しては東洋の著作は西洋哲学よりもはるかに先を進んでいると指摘した。
 人は死に、人生の周期が閉じられ、意識や魂は保存されるとしても、時間は消滅する。つまり、魂にとって時間は存在しない。魂は永遠の中にいる。死後は、「次の日」、「次の年」、「次の世紀」は魂にとって存在しない。永遠の中では〈以前〉→〈以後〉という方向は存在しない。一つの方向の中で一方の側に〈以前〉があり、別の側に〈以後〉があるというのではなく、〈以前〉と〈以後〉が共にあらゆる側にあるに違いない。
 もし転生があり得るとしたら、それは永遠のどの方向にでも可能である。
 
 もはや非―相対的な時間、つまり存在するすべてのものにとっての一般的な時間というものはあり得ないということには議論の余地がない。あらゆる場合において、時間とは問題になっている主体の存在期間でしかないのである。このことだけでも、死後の時間というものを死ぬ前の時間と同じように考えることはできない。
 我々が「死」と呼んでいる変化は実際には何なのだろうか?前述のように、この変化はある個人の時間が終わったことを意味する。死とはそれ以上の時間が存在しないことである。黙示録の天使が「もはや時間は存在しなくなるだろう」と言ったとき、それは人類の死について語っていたのである。
 時間と永遠の法則は非合理的な法則である。
 時間と永遠の法則を知るためには、互いに対立する時間も永遠も存在しないような状態を理解するところから始めなければならない。