PNC会員へ・・・

会員のみなさま 1232                    後醍院 廣幸
 
おはようございます。本日は2020年12月5日(土)、現在は朝の7時45分です。
 
 今朝は寒い雨の降る週末となりました。今日1日中、気温は10℃以下のようです。
遅めの紅葉狩りを計画していた勤め人は残念ですが明日に順延したほうが良さそうです。
 当方、この土日は予定がほぼなく、精々、女房の送り迎えぐらい(仕事ではない)しか
車の運転もありません。
 コロナに関する新たな情報は日々更新され、毎日何だかの部門で過去最高が発表されます。
昨日はコロナによる全国の死者数が45人と過去最高となったことで高齢者にとっては不安増大
事案です。昨日は厚労省の手違い(明らかなミス)で10代の若者の死亡が発表され、その後に
取り消されたという事件がありました。ここでビックリしたのはもう1年近くコロナ騒ぎをしていて、
10代の若者はまだ死者が一人も出ていないというビックリニュースです。若者は飲み会とか
食事会とかで多く集まる機会が多いので感染者数が増大するのは当然ですが、やはり死に至る病
ではないようで、死者は専ら高齢者が引き受けているということのようです。
 
 当方、此の月曜日に1泊予定で福井県の武生(タケフ)に行きます。実弟の病に対するお見舞い
ですが、此の福井県はコロナ禍はあまり多くなく、感染者も毎日数名ぐらいです。それよりも福井と
云えばやはり原発ですね。昨日の報道では大阪地裁が大飯原発(おおい)3・4号機の設置許可を
取り消したようで、関西電力は痛手を被ることとなっています。福井県に存在する多数の原発
福島県のフクイチとは違い、大きな事故は一度も発生していません。それでも原発が心配な人に
とっては福井はやはり怖く映る場所のようです。今回、重篤な病を得た実弟を含め、この10年ぐらい
の間に福井在住の親戚縁者の多くが連続して不幸に遭っています。勿論、この原因として福井県
原発との関連性は無いのですが、どうしても原発という強面の存在には怖さが先立ちます。
 福井と言えば、この時期、越前蟹や越前蕎麦を食べに行くの・・・?と、思われても仕方ありませんが
今回はあくまでも実弟のお見舞いに行くので、食に関しては何も期待していません。精々、新幹線の中で
駅弁やビールを多少飲むぐらいです。当方の身内(息子・娘・兄弟等)で共に大酒を飲める人材は
この福井在住の実弟だけです。これが欠けるのは超つらいです。もう親戚筋でわいわい飲めるような
ことは無くなるのでしょうね!?!
 
 お酒の話が出たついでに酒と悪酔いに関する調査を軽く紹介しておきます。
よく言われる、「日本酒は悪酔いする?」は肝臓の専門医から言わせるとまったく根拠なしとのことです。
 悪酔いの原因はアルコール度数と量です。お酒は利尿作用が強くどうしても水分補給が足りずに
脱水状態に陥り、アルコールの分解が遅くなることが真実のようです。日本酒は出来たら燗にして
アルコールを多少飛ばして飲んだ方がベターなようです。
 よく(週に2日は休肝日を設けよ”・・・と、いわれますが、まったくの世迷言です。あくまでもアルコール度数
と酒量だけを気をつければいいだけのようです。チャンポンすると悪酔いするも完璧な都市伝説です。
 お酒は”酔うためではなく、味わうために飲みたいものです”が結論です。年末年始は家飲みが過ぎる
人が多く発生するでしょう!コロナ禍で余計にその傾向が強くなるはずです。飲み過ぎには充分気を
つけましょう!
 
 さて、競馬ですが、今日から暮れの中山競馬開催となります。相変わらず、入場は限定されますので
残念感いっぱいです。本日のメインレースはステイヤーズステークスという3600mの長丁場戦です。
このところ連敗続きなのですが、500円×5点と10Rを1000円の1点買いの都合3500円買ってみました。
収支は22000円→18500円となります。少し取らないと27日の有馬記念が買えなくなりそうで不安です。
 
 もうすぐ9時ですが、女房を松戸駅まで送る仕事(美容院)があります。その帰りには近くの蕎麦専門店
”あずま”に行く予定を組んでいます。雨は止みそうですが寒さは変わりなさそうです。
 
 昨日の夜で5日連続の夜お迎えが終了しました。今晩からはようやっとまともな飲酒が出来ます。
今日飲んで明日は断酒、月曜日は福井で多少は飲んで、その後は当分断酒を続ける・・・という、
スケジュールで行きます。いずれにせよ今晩は女房の知り合いが送ってくれた秋田名物”きりたんぽ鍋”
に舌鼓を打つ予定です。酒は薩摩の”田苑”グリーンラベルのお湯割りにする予定です。都城の高崎町
にある”かわぞえ”という焼酎専門店の部長から教わったお湯割りに適した焼酎を飲むことにします。
 
 では、量子物理学に行きます。PNCは明日も行きます。
 
 
 
量子物理学
 
 
 
 
 
アーカーシャとA-フィールド
 結びつきと相関をもたらす何ものかが宇宙に存在するという考え方は、何も新しい発見ではない。それはいにしえの知の「再」発見にほかならず、直観的な洞察として、偉大な宇宙のすべてに見られるものである。その最も顕著な例はヒンドゥー教の宇宙観だろう。ヒンドゥー教の宇宙観では、結びつきと相関の原因となるものは、アーカーシャ(虚空)と呼ばれており、宇宙の五元素のなかで最も基本的なものである。
 ちなみに他の元素は、ヴァータ(空気)、アグニ(火)、アブ(水)、そしてプリティヴィ(地)である。
 アーカーシャは、五元素すべての性質を併せ持つ。それは、すべてのものがそこから生まれ、最終的にはそこへ還っていく子宮である。それは、創造の最初の瞬間に生まれ、はじめはストゥーラと呼ばれる粗雑な形をしていたが、まもなく目には見えなくなった。アーカーシャは、自らの内部にほかの四元素を包含しているが、同時にそれらのものの外側にある。というのも、アーカーシャは空間と時間の外側にあるからだ。それはすべてのものの生まれ故郷である。
 インドの宗教家スワミ・ヴィヴェーカーナンダ(一八六三~一九〇二)は、今では古典となった『ラージャ・ヨーガ』のなかでアーカーシャを次のように説明している。
 
 それは、あまねく存在し、すべてのものを貫く存在である。形あるものすべてのもの、結びつきの結果生じるすべてのものは、このアーカーシャから進化する。気体になるのも、液体になるのも、固体になるのも、アーカーシャである。太陽、地球、月、星、彗星になるのもアーカーシャである。人間の体、動物の体、植物、われわれが目にするあらゆるもの、感じることの出来るすべてのもの、存在するすべてのものになるのは、アーカーシャである。それは感知することは出来ない。極めて精妙であるため、あらゆる通常の知覚を超越している。粗雑になり、形をとったときしか見ることが出来ない。創造のはじめには、このアーカーシャだけが存在した。サイクルの終わりには、固体、液体、そして気体は、すべてふたたびアーカーシャのなかに溶け込み、そして次の創造が、やはりこのアーカーシャから始まる