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PNC会員へ・・・
会員のみなさま 1567 後醍院 廣幸
おはようございます。本日は2021年11月14日(日)、現在は朝の7時半です。
今日も晴天の秋日和が始まったようです。朝方は連日寒いぐらいに大気が
乾いていて寝床から脱出するのに勇気が必要となるぐらいです。
今日から相撲の九州場所(11月場所)が福岡で開催されますが、待望の
ワンピー姐さんの来場は如何でしょうか?期待して待っています。
昨日のコロナ感染数もこのところの数と同等で都で24人、大阪30人、
全国では202人と落ち着いた状況となっています。今後、あまり変化が無い
ようなら感染数報告は止めることにします。
今朝は取りあえず、植草氏のコラム→週末の御三方のコラムと添付します。
「植草一秀の『知られざる真実』」
2021/11/13
政治刷新に革新勢力は必要不可欠
第3078号
主権者は国民。
選択権は国民にある。
その国民は正当に選挙された代表者を通じて行動する。
選挙で選ばれた代表者が内閣総理大臣を選出し、内閣総理大臣が国務大臣を任
命して内閣を組織する。
行政権を担う内閣はこのようにして組織される。
この意味で主権者である国民が代表者をどのように選出するのかが重要にな
る。
政権をつくる政治勢力が与党。
これに対峙する勢力が野党。
現行の政治を刷新しようとする主権者は野党を支援して選挙で議会過半数議席
確保を目指す。
その野党のあり方に二つの流派がある。
第一は現政権に正面から対峙する革新勢力。
第二は現政権と類似する政策路線を示す勢力。
両者は基本政策路線を異にし、対立する。
立憲民主党が今回の衆議院議員総選挙で惨敗した主因は基本路線が不明確だっ
たこと。
落選した辻元清美氏が次のように述べた。
「立憲民主党の立ち位置、主張が明確ではなかった」
289選挙区のうち213で野党が候補者を一本化した。
共産党が候補者を取り下げたことが大きい。
共産党を含む野党共闘が実行されたおかげで立憲は多数の議席を確保した。
ところが、この野党共闘を全否定する発言が枝野幸男氏から発せられていた。
「「野党共闘」というのは皆さんがいつもおっしゃっていますが、私の方から
は使っていません。
あくまでも国民民主党さんと2党間で連合さんを含めて政策協定を結び、一体
となって選挙を戦う。
共産党さんとは(共産、社民、れいわの3党と一致した政策に)限定した範囲で
閣外から協力を頂く。」
共産党が候補者を取り下げ、立憲民主党が強い支援を得ながら、共闘の対象は
連合と国民民主党で共産、社民、れいわは共闘の対象でないと言い放ってい
た。
これでは主権者が興ざめすることを防ぎようがない。
議席を確保するために共産党の全面的な支援を仰ぎながら、「共産党と共闘す
るのか」と迫る勢力の存在に怯えて、「共闘の対象は国民民主と連合で共産、
社民、れいわと共闘しない」と叫んでいた。
この「二枚舌」が批判された。
辻元氏の「立ち位置、主張が明確ではなかった」の言葉は正鵠を射る。
その場その場で自分が有利になるように鳥になったり動物になったりを繰り返
したこうもりは両者から突き放される。
立憲民主を支持した守旧・極右勢力は維新に投票し、革新勢力は投票を棄権し
た。
この結果、立憲は改選前議席から13も議席を減らす大惨敗を演じた。
2017年選挙の「立憲+希望」獲得議席は選挙区36、比例69。
これに対して、今回の「立憲+国民」獲得議席は選挙区63、比例44。
野党共闘のおかげで選挙区選挙で獲得議席を大幅に増やしたが、比例代表選で
議席を大幅に減らした。
枝野幸男氏の「こうもり対応」がもたらした比例大惨敗だった。
自公にすり寄る第二自公、極右・守旧勢力が存在してもいいだろう。
それを支持する主権者が存在するなら正当化される。
他方で、現在の自公政治を刷新するべきと考える革新派の主権者が多数存在す
る。
重要なことは主権者に適正な選択肢が提供されること。
立憲民主党は「極右・守旧の道」と「革新の道」のどちらか一つに無理やり方
向を定めるのでなく、「極右・守旧の道を進む勢力」と「革新の道を進む勢
力」に分かれるべきだ。
野党が極右・守旧勢力と革新勢力に二分されたとき、どちらの勢力が拡大する
かを決めるのは主権者である国民。
立憲民主の極右・守旧勢力は維新・国民民主と合流するべき。
立憲民主の革新勢力はれいわ、社民と合流し、共産党と共闘体制を構築するべ
きだ。
「自公」、「革新勢力」、「第二自公」の三極体制に移行することが望まれ
る。
主権者が革新勢力は不要と考えるなら、日本の二大政治勢力体制は「自公」と
「第二自公」になるだろう。
日本支配を続けてきた支配勢力は、このかたちでの二大政党体制構築を期待し
ている。
逆に主権者が、革新勢力が必要で、守旧勢力は一つにまとまるべきと考えるな
ら、日本の二大政治勢力体制は「自公及び類似勢力」と「革新勢力」になるだ
ろう。
決めるのは主権者である国民。
メディア情報空間では「共産党を含む野党共闘体制」を攻撃する論調ばかりが
目立つ。
その理由は日本支配勢力にとって「共産党を含む野党共闘体制」が天敵である
からだ。
これが構築されると現体制が崩壊する可能性が高い。
これがかれらにとっての「悪夢」。
彼らが鳩山政権を「悪夢」と表現するのはこの意味だ。
「共産党を含む野党共闘体制」が現体制と対峙して総選挙を戦えば、政権交代
がいつ実現してもおかしくなくなる。
この革新勢力が政権を樹立すれば、既得権勢力が支配する現行の政治体制が破
壊される。
これを既得権勢力が「悪夢」と表現している。
立憲民主党が総選挙で惨敗したことを最大限に利用して、「共産党を含む野党
共闘体制」を完全に破壊する。
これが現在試みられている活動だ。
できれば立憲民主党を共産党と共闘しない勢力に引き入れて、維新、国民、新
立憲で「第二自公=極右・守旧勢力連合」を構築する。
その延長線上に、自公と第二自公による日本政治支配体制を構築する。
これが彼らの目指す方向。
日本の主権者が日本の二大政治勢力体制が
自公と第二自公
自公と極右・守旧連合
でよいと考えるなら、この方向で進むことに問題はない。
しかし、日本の主権者が日本の二大政治勢力体制は
自公+第二自公VS革新勢力
自公+極右・守旧連合VS革新勢力
と考えるなら、革新勢力が伸長し、自公+第二自公、自公+極右・守旧連合は
圧縮されることになる。
その結果、日本の二大政治勢力体制は
自公+αVS革新
に移行するだろう。
当選者が一人しか出ない選挙区に自公と第二自公と革新の三勢力から候補者が
擁立される場合を考える。
このとき、競合するのは自公と第二自公だ。
革新勢力を支持する主権者が多ければ革新勢力の候補者が当選するだろう。
主権者のなかで革新勢力を支援する者が少なければ、選挙で競い合うのは自公
と第二自公の候補者になる。
「立憲は共産党と共闘するべきでない」と考える主権者がいてもいい。
しかし、「立憲は共産党とも共闘するべき」と考える主権者も確実に存在す
る。
立憲の議員、候補者でも同じことが言える。
基本路線が真逆の二つの勢力が一つの政党のなかに同居することがおかしいの
だ。
立憲は「共産党と共闘しない勢力」と「共産党と共闘する勢力」に分離しても
らいたい。
「共産党と共闘しない勢力」は国民民主、維新と合流して一つにまとまるべき
だ。
「共産党と共闘する勢力」はれいわ、社民と合流して一つにまとまるべきだ。
それぞれの野党が立ち位置を明確にして、基本方向を共有する勢力が一つにま
とまる。
これが主権者に寄り添う行動だ。
それでは御三方に行きます。
① 敵菜収
公選法違反容疑でまた逮捕者 公然わいせつから詐欺まで維新の“犯歴”を振り返る
大躍進も“おミソ”つき(日本維新の会の松井一郎代表と吉村洋文副代表=右)/(C)日刊ゲンダイ
選挙後の摘発と逮捕は維新の会の風物詩でもある。今回もさっそく兵庫4区から出馬し比例復活した赤木正幸の運動員森宏成が公職選挙法違反(買収約束)容疑で逮捕された。森の孫の森弐奈も同容疑で逮捕。2人は共謀し、知人ら6人に対し赤木の選挙運動を手伝う報酬を約束したとされる。
これまでも足立康史、上西小百合、桜内文城、田坂幾太、升田世喜男、石関貴史ら維新議員の運動員や元秘書らが公選法違反容疑で逮捕されてきたが、県議や市議周辺まで含めれば膨大な犯行の数になる。
また性犯罪から詐欺まで犯罪の形態が多種多様なのが維新の特徴でもある。そこで今回は「思い出に残る維新の犯罪ベスト10」を振り返った(逮捕容疑や肩書などは発生当時)。
【第10位】殺人未遂
2021年4月、参院議員の梅村みずほの公設第1秘書で、維新府議の横倉廉幸の娘婿成松圭太が殺人未遂で逮捕される。酒の席で口論になった男性を車でひき、ボンネットにのせたまま走り、男性が落下すると、車から降り、殴る蹴るの暴行を加えた。
【第9位】飲酒ひき逃げ
12年1月、堺市議の西井勝が、飲酒運転でバイクと接触事故を起こし、そのまま逃亡し逮捕された。逃げ足だけは速いのが維新イズム。
【第8位】署名偽造
21年5月、愛知5区選挙区支部長で、衆院選に維新から出馬予定だった田中孝博が地方自治法違反の疑いで逮捕される。大村秀章愛知県知事のリコール運動を巡り、組織的に大量の署名を偽造したとみられる。この巨大リコール詐欺に声援を送り続けたのが、大阪府知事の吉村洋文だった。維新の闇は深い。
【第7位】わいせつ系
20年8月、東京1区支部長で衆院選の公認候補だった赤坂大輔が女子高生3人に向かって下半身を露出し、公然わいせつの疑いで現行犯逮捕された。ちなみに赤坂には傷害事件で逮捕歴もあった。
【第6位】噛みつき系
国会で無駄に噛みつく維新議員が多い中、物理的に一般人に噛みついたのが衆院議員の丸山穂高。15年末、酒に酔った丸山は東京都内の路上で男性の腕を噛み、警察で事情聴取を受けた。維新にはタクシーの中で泥酔し暴れ、警察で保護された山本大ら迷惑系が多い。 =後編につづく
②井筒和幸
一律給付さえない駆け出しの俳優たちよ、はらわたが煮えくり返る思いも演技で曝け出せ
先日、知人が主催した俳優のための演技ワークショップで駆け出しの役者たちを前に、「演技とは何ぞや」と講演した。東京にはアルバイトしながら、俳優修業中の若者がほんとに多い。石を投げたらまじに当たるほどいる。地方から出てきた者が半数だが、誰もが俳優一本で生きられる日を夢見て食いしのいでいる。
35人ほどの20代、30代に順に身の上をしゃべってもらい、今の悩みを聞いてみた。「俳優になれば自分と全く違う他人になれるし、気分も発散できると思ってやってます」という女子が多かった。でも、これが勘違いのもとで演技が会得できない理由だ。「それは違うよ。演じるというのはアカの他人になるんじゃなく、自分をそのまま表現することだよ」と言うと、皆一様に驚き、そしてうなずいていた。自分の人格と感情の一部分を、その役柄に合わせて選んで出せたら一人前だということを、今まで教わったことがなかったようだ。別の人格などつくれるわけがないのだし、サラッと自分を出せる自然さを「演技力」というのだと。
「アンタは幾つなんだ?」と聞くと、「55歳です、大学出てずっと弁護士してるんですが、何年か前にちょっと縁があって映画現場に呼ばれたのがきっかけでその後、何度か声がかかるようになって。他人に化けられる俳優業もいいなと思って」と言う中年もいた。弁護士と兼業とは前代未聞だったが、彼も勘違いしていた。「ヤクザに扮したつもりでも、誰かのモノマネでなく、自分のヤサグレな内面をさらっと出せたの?」と問うと、「いや、悪そうな顔をつくってやりました」と弁護士らしく正直に答えた。過去の喜怒哀楽の「感情の記憶」を思い起こし、その感情と感覚を再現してみせるのが、「演技」なんだと分かってほしかった。
駆け出したちに、演技訓練の方法を聞かれたので、お金がかからないのは「マンウオッチング」と教えた。ニューヨークの演技学校で学んだ名優のダスティン・ホフマンは「卒業」(68年)に主演した後も、役者では食べられず、ソーホーの交差点を見渡せるガラス張りのカフェでウエーターのバイトをしながら、表を行き交うさまざまな人種の顔や歩き方を研究していたという。二十数年前だが、そこの店主から教えてもらった。「彼はいつも人を観察していた。でも、それを記憶して演技に役立つのならと思って許してあげたんだ」と。名作「真夜中のカーボーイ」(69年)で演じた、マンハッタンの街路を障害のある片足を引きずって歩くスラム街のホームレス役はまさにその研究成果だったに違いない。
「演技」は日々の感情の記憶を生かすのだからいろんなバイトも経験して損はない。18歳以上は10万円の一律給付さえないようだし、そのはらわたが煮えくり返る思いも記憶しておくことだ。いつか役立つに違いない。俳優は、このまがまがしい社会の鏡だ。感情を曝け出してやってくれ。
③ 三枝成彰
なぜ立憲民主党は議席を減らしたのか 国民が悪い政治を受け入れるのはなぜなのか?
先日の衆院選で、立憲民主党が議席数を109から96に減らした。魅力ある政策を打ち出せなかったこともあるだろうが、共産党との連携が拒否反応を招いたのかもしれない。
日本の共産党はもちろん違うが、習近平やプーチンのような独裁者が国民を抑圧し国家統制を敷こうとする政党だという先入観を持つ人が多いのだろう。現代の世界において、確かに共産国家とは得てしてそういうものではあるが、そのイメージを日本の共産党に対しても持ってしまっているのではないか。
私は、自民党が勝った最大の原因は、国民の多くが現状に満足しているからだと思う。日本人は自ら変わることを欲せず、内紛や外圧によってしか変われない体質だ。昔から「変革」や「革命」を唱えるのが大好きだが、実際に行ったためしがない。
大化の改新(仏教伝来)や明治維新(ペリーの黒船)も、外国からの刺激によって体制が変わっただけだ。時に百姓一揆や米騒動などはあっても、真の「下克上」は起きなかった。フランス革命のように、圧政に苦しむ民衆が政府を転覆させたことがないのだ。
国民が総じておとなしく、政治に文句を言わない日本は、ある意味で「いい国」と言えるのかもしれない。これほど為政者にとって御しやすい国民もそうそういないだろう。
だが、現実を見てほしい。「今の生活は豊かで、何の不足もない」と言い切れる人が、この国にいったい何人いるのか? 多くの人が大なり小なり貧しさを抱え、思うに任せぬ暮らしをしているのが現実だ。しかし、それでも「このままでいい」と考えてしまうのはなぜなのか?
厚労省の「国民生活基礎調査」(2019年)によれば、日本の相対的貧困率(中間的な所得を下回る世帯の割合)は15.4%。そのうち子どもの相対的貧困率は、OECD(経済協力開発機構)の現在の基準に照らすと14.0%だそうだ。つまり子どもの7人に1人は貧困の状況にあるのだ。
同じ調査で平均所得(約552万円)を下回る世帯は61.1%、貯蓄がない世帯は13.4%。「生活が苦しい」と答えた世帯は54.4%に上る。日本の貧しさは世界的に見ればさほどでもないのだろう。しかし、貧しいのは現実だ。治安が良く物価も安く、一定の住みやすさが保証されているから「変えて悪くなるよりは現状維持でいい」と考えるのだろう。
国民が政治を変える手段は選挙での投票しかない。が、いざその段になると、日本の有権者はみな二の足を踏む。保守政権の長期化による政治家や官僚の思考の硬直化は良くないと誰もが分かっているはずなのに、だ。
江戸時代から「世間に対して不平不満を言う者は人間がなっていない」と儒教の影響の下に教え込まれたためだろうか。そして今回も私たちは、変わるチャンスをまた自らの手で遠のかせた。16世紀フランスの裁判官エティエンヌ・ド・ラ・ボエシの「自発的隷従論」に、「悪い政治が成り立つのは、国民が進んでそれを受け入れているからだ」とある。約500年後の日本にも同じことが起きている。
「流れる水は腐らない」という言葉は、この国ではすっかり忘れられたようだ。濁った水を再び流れさせるには、政治に物申す国民が必要なのだ。
本日から相撲が始まります。昨日は北の富士さんのコラムが届いているので
貼り付けます。 本日は初日なのでメイン解説に北の富士、サブに舞の海という布陣
となるはずです。
【北の富士コラム】2年ぶり博多は私もうれしい 照ノ富士を一番手に挙げておけばまず大丈夫とは思うが まだ白鵬ほどの安定感はない
2021年11月13日 05時00分
14日から九州場所が始まる。12日の西日本スポーツ新聞に今場所の番付が大きく、しかもわかりやすく出ていた。私にとって実にありがたい資料といえる。字が大きいので老眼でもメガネなしで読める。
まず番付を見て感じたのは、白鵬の名前が消えていた。引退したのだから載ってないのは当たり前ではあるが、いざ現実になると文字通りポッカリと大きな穴があいたようで寂しさは隠しきれない。昨年は九州に来られなかったので2年ぶりの博多は、力士たちは無論だが私もうれしい。2年前は白鵬と鶴竜が横綱、大関陣には豪栄道と高安、貴景勝も大関になっていたと記憶している。朝乃山が頭角を現し始めていた場所だったと思う。
2年後の今場所は、白鵬と鶴竜、豪栄道は引退し高安は今では平幕に落ちている。朝乃山は不祥事で大関から陥落しいまだに謹慎中である。期待された貴景勝もやっと大関にすがりついているありさまである。2年前には予想だにしなかった番付が今、私の目の前にある。照ノ富士の横綱昇進はうれしい誤算だったが、もし照ノ富士がいなかったら悲惨な番付になっていたことだろう。とても豪華な顔触れとはいえないが、場所を行う以上、展望だけはしなければいけない。
昔は、優勝は白鵬と書いておけば間違いがほとんどなかった。今でも照ノ富士を一番手に挙げておけばまず大丈夫とは思うが、まだ白鵬ほどの安定感はないと思われる。しかし現状では確実に12、13勝を勝てるのは照ノ富士ぐらいのものだろう。貴景勝も正代も勝ち越すのが精いっぱいである。もし貴景勝が首の状態が良ければ2番手に挙げてもいいかもしれない。御嶽海は力はあるがムラッ気があるのでどうしても信用できない。大栄翔は先場所の後半あたりから本来の相撲が取れているので、調子に乗ると2度目の優勝も夢ではないと思う。明生や霧馬山も伸び盛りで期待はできるがまだまだ優勝候補に上がるほどの力はない。若隆景や隆の勝、そして阿武咲は打倒照ノ富士を目指してもらいたい。
こうして見ても照ノ富士の優勝は動きそうもないが、相撲は取ってみなければ分からない。下位力士にもチャンスがあるかもしれない。いずれにしても2年ぶりの九州場所なのだから、とにかくいい相撲を見せてほしいものだ。特に正代は死にものぐるいになって頑張らなければ男じゃない。正代はいつも「九州の皆さんに自分の相撲で力づけてあげたい」と言っているが実行したためしがない。逆に皆さんをガッカリさせている。まるで風呂屋の釜である。ココロは湯ばかり。しっかりせいよ、正代。
それでは展望はこれぐらいにしておきましょう。私は11日に福岡へ入りました。きょうも天気が悪いです。ホテルの窓から那珂川と中洲が見えます。昨日は東京から新幹線で来ましたが5時間はさすがに疲れました。ですから昨夜は一歩も出ずにルームサービスの明太子スパゲティを食べて寝てしまいました。今年はおそらく最後の九州場所になると思うので、少し不良になろうかなと思っています。うまいものも大いに食べるつもりです。夜の中洲も体の許す程度には行きたいと思います。今場所も協会員は外出禁止ということです。中洲の街にびん付けの匂いと雪駄(せった)の音がないのがあまりにも寂しいではありませんか。私が若くて元気ならガンガン遊んでやりたいものです。残念ながら今では口先ばかりです。
ところで話は変わりますが、瀬戸内寂聴さんが亡くなりました。一度お会いしたい人だっただけに残念です。一度この稿で書いたことがありますが寂聴さんと私には故松本清張さんの秘密事で共通の思い出がありました。その件で深く知りたかったので京都在住の友人に寂聴さんとの面会を頼んでいましたがコロナ禍が長引いてついに実現できませんでした。一度だけ京都の有名なおでん屋で隣同士になったことがありましたが、寂聴さんは友人と、私も芸者さんと2人連れでしたのであいさつもできずに終わってしまいました。大きな声で笑い冗談を言いながらワインを飲んでいたのを思い出します。寂聴さんの語録のなかに、人間は自由が一番大事でやりたいことをするべきとの言葉がありますが、私の場合は少し自由が過ぎたようです。とにかく私ごときが言うのは失礼僭越ではありますが、見事な一生だったと思います。心からご冥福を祈ります。
博多での相撲取りたちの愉しみは第一に女性、第二に美味しいもの喰いでしょうね!
当方、博多で芸者遊び等はしたことが無いので分りませんが、昔の力士はけっこう
派手に遊んだようです。うらまやしい次第です。
コロナが無かれば今の時期はホルモン鍋とか河豚鍋、あら鍋あたりでしょうか(?)
博多は美味いものの宝庫です。もう一度は行ってみたいものです。
競馬ですが、7週連チャンのG1開催が今日から始まります。今日はエリザベス女王杯
ですが、当方はすでに購入しました。1ー3-15 の3連複と穴馬の16番から1・3・15への
馬連3点流しだけです。若干でも一度馬券を取らないことにはその後が始まりません。
今日まったくダメなら有馬まで買わないことにします(?)。
本日の午後は競馬と相撲のテレビ観戦で手一杯となりますが、昔だったらこれに
ゴルフ中継観戦が入ったものです。現在は男子も女子も殆んど知らない選手だらけと
なっています。男子はスターと言える選手は皆無、女子は20歳以上はもうロートルとでも
言われそうなほど若返っています。結局、若すぎてほとんど知らない選手ばかりとなります。
つまらない日曜日となって来ましたね!?!精々馬券を当てるぐらいしか楽しみはありません。
本日はここまでにします。ではまた明日・・・・・