PNC会員へ・・・

会員のみなさま 878                後醍院 廣幸

 

おはようございます。本日は2019年2月2日(土)、現在は朝の8時です。

 

 普通の勤め人のみなさまにとってはやっと来た週末の2連休でしょうか。

当方のように”毎日が日曜日”になると週末はあってないようなものです。

例えばゴルフにまだ夢中な人とか、早朝からバードウォッチングに行くとか、

ウォーキングを義務付けて寒いのに歩きまくる(止めといた方が良いのに)

とか、撮り鉄乗り鉄の趣味があるとかの人はまだ会社人の人でも当方の

ような”毎日が日曜日”人でもウキウキの週末の開始でしょうね!?!

それに当方もやりますが競馬ですね。好きな人は10時過ぎの第一レースに

間に合うというか場所(座れるところ)取りで9時ぐらいに馬場に到着して

スタンバッテいます。当方、東京開催の時の中山競馬場しか行きませんが、

10時前ぐらいに競馬場についても屋内の座る場所は一つもありません。

競馬好きというかギャンブル依存症に近い人は毎週末に馬場に行くことが

日課になっているのでしょう。現在の馬券事情は最低3カ所(3つの競馬場で

開催している)の分を全部売っているので暇が全然ありません。やる人は1日

に36レース買うわけです(?)まあ、そこまで手広く買う人はほゞいないと思い

ますが、当方らの若いころの馬券買いは1Rから12Rまで全部でした。それでも

12レースだけです。それでも楽しくて1日中競馬場に居ても苦になりませんでした。

今はダメですね!当方等は3Rぐらいが限度です。午後のメインレースあたりは

何時も前売りを買って帰宅してしまいます。遊ぶことでも忍耐が無くなっています。

もちろんお昼の食事もそうです。行列などもっての外です。

思い出されるのはゴルフですね。一番やる気満々だった頃は埼玉の荒川河川敷

に数多あるゴルフ場、たとえば錦ヶ浦とかに会社のコンペ時など、午前中のハーフ

に3時間、昼休み(インターバル)に3時間、午後のハーフに3時間とかかり、それに

風呂に入った後の一杯飲み有の表彰式で2時間…と全部でゴルフ場には11時間

ほど居ました。それでも楽しかったのです。毎週でも行きたかったのですね!

それが、バブル崩壊の憂き目を経験したとはいえ、今でもゴルフに行っている人は

おそらくあの頃の10分の1ぐらいでしょう!?!当方もう14年以上やってません。

道具も息子にあげました。これだけ運動不足で身体が鈍って来るとゴルフ程度でも

怪我や足腰の故障が不安でもう出来ません。せいぜい、軽めのウォーキング(寒く

無い時間帯)ぐらいでしょうか!?! (当方、ヨガもありましたが月に2回程度です)

 

 昨日、auライン光とNTTの工事をした結果、ノートパソコンがインターネットに繋がらなく

なった件を報告しました。当方、頑張ってコンセントの差し替えとか出来ること全部断行

した結果、何とインターネットに繋がりました。やってみるものですね!苦労した結果

エクセルも直って使えるようになり、デスクトップパソコンの内蔵テレビも見れるように

なりました。結局、全部直ってしまったわけです。後は現在、接続しているモデムが5つある

内2つを(古い方)電話が開通したら取り外して、メーカーに返却してすべて終了・・・という

具合です。

 

 一昨日報告したGPIFですが、昨日の発表では2018年10月~12月時の年金運用の

損害は14兆8千億円にのぼったようです。今後、我らの年金資金はどんどん枯渇して

年金受給時期遅れと年金金額減少は絶対的に避けられなくなったことが確定しました。

何故当方がここまで言うのかというと、株式関係に従事していた人は分るでしょうが、

株とは売って何ぼの世界だからです。チャートを見て買い平均よりだいぶ値上がりして

いるので儲かっているので心配無し・・・ではないのです。売って初めて利益が確定する

世界です。ところがこのGPIFのように巨大な資金をつぎ込んで、いざ売る段となったら

誰が買ってくれるの!???!・・・ということです。それがすべてです!外国人は絶対に

買いませんよ。もう今頃は殆んど売りはらって日本市場からは撤退する準備万端なはす

です。それでも今の内ならGPIFぐらいが全部売りはらっても多少の我々の年金は残る

でしょうから早めに処分して年金資金を確保してほしいものです!?!

 

 先週の日曜日の競馬も結局やられでした。本日は3レースで合計1600円しか買ってませんが

どうなるでしょうか!?!取れないので中山競馬場にも行けなくて面白くありませんね。

現在、6100円→4500円というところです。果たして今日の結果や如何に???です。

 

 

当方、毎日PNCを書いていますが、大体いつもここまでに要する時間は1時間弱です。

これが普通です。少し難しい論考が入ると1時間半ぐらいなることもありますが、

大体この程度です。  ではニーチェと量子物理学は勉強しましょう!

 

 

ニーチェ

 

 

 

 ―キリスト教は、ユダヤの根からはえ、この地盤から生じたものとしてのみ納得のゆくものだが、育成の、種族の、特権のあらゆる道徳に対する反対運動をあらわしている。

 ―それはすぐれて反アーリア人宗教である。キリスト教こそ、すべてのアーリア人的価値の価値転換であり、チャンダラの価値の勝利であり、貧しき者、低劣な者に説かれた福音であり、すべての踏みにじられた、惨めな、出来の悪い、出来損ない者どもの種族に対する総体的反乱であり、―愛の宗教としての不滅なるチャンダラの復讐である・・・

 

 

 

量子物理学

 

 

 

 どんな運動も運動の不在も時間での出来事であり、時間の外では起こり得ない。従って、運動とは何かについて語る前に、我々は「時間とは何か」と問わねばならない。

 時間とは人類の前に立ちふさがっている最大の、最も難しい謎である。

カントは時間を、純粋に我々の知覚の主観的な形式として、まったく空間と同じように考えた。我々は自らの知覚器官の特性によって条件付けられており、外部の世界を知覚するために便箋上時間という観念を生み出したのだ。

リアリティ(現実、実在するもの)は一つながりの一定不変なものである。しかしリアリティを知覚するためには、我々はそれを個々の瞬間に分けなければならず、終わりのない一連の個々の瞬間として捉え直さなければならない。我々にとってはその個々の瞬間のみが存在する。換言すれば、我々はリアリティを小さなのぞき穴を通して見ているようなものである。そののぞき穴を通して見ているものを我々は「今」と呼ぶ。そしてすでに見えないものを「過去」と呼び、今はまったく見えないがこれから見えるであろうものを「未来」と呼ぶ。

我々にとって時間の観念は因果律の観念、そして事象の相互依存の観念と本質的に結びついている。運動も運動の不在も時間抜きには存在しないように、因果律も時間なしには存在し得ない。

 しかし「時間の中の存在」という概念は非常にとらえどころのない曖昧なものである。

 通常、過去はもはや存在しないものとみなされている。「未来」はまだ存在していない。