PNC会員へ・・・

会員のみなさま 946                   後醍院 廣幸

 

おはようございます。本日は2019年5月24日(金)、現在は朝の6時半です。

 

 当方、今日は休みです。結果としてこれを書いている次第です。

連休明けの仕事は昨日までカレンダー通りに出勤しましたが、遠方への出廷、

会社での事務処理や家電・・・と、現役時代並みの忙しさでした。出廷に関しては

後述します。21日(火)の豪雨は一体何だったのでしょうね!?!今年発生の台風

はまだ2個ですが、この日の雨風はもう台風と言っていいような激しさでした。例年

ですと来月の6月から集中して台風発生が始まります。これからは多少気を引け絞めて

対応しましょう。22日の水曜日は台風一過のような晴天となり東京地区でも30℃弱、

昨日の木曜日は30℃、このまま27日の月曜日までは30以上の真夏日が続くようです。

認識を検めますが、25℃以上が「夏日」、30℃以上が「真夏日」、35℃以上を「猛暑日

といいます。因みに「熱帯夜」とは夜間の最低気温が25℃以上だった時に使います。

5月の時期に30℃以上の真夏日が5日間も続くのはやはり異常気象のうちでしょうか?

 本日の予定は午前中に墓参り→上新電機→スーパーが予定されていますが、午後に

行く予定だったヨガ教室は疲れたので止めておきます。

 

 当方、大体朝の起床は5時から6時ぐらいの間です。就寝はマチマチですので睡眠時間は

毎日違います。普通のサラリーマンと違い、法廷出廷が主力の当方の場合、家を出発する

時間は早くて6時、遅くて9時と幅があります。一番嫌なのは普通に会社出社する時です。

超混雑の武蔵野線は高齢者には些(いささか)きつい作業です。これからは最高で1週間に

一度だけの通常出社にします。出廷があまりない時はそうですね休む(ズル休み)ことに

します。そうしないともう長続きできないでしょうから!?!

 法廷での仕事で被告が派遣社員という人は多くいます。この場合、派遣元と派遣先を

お聞きするのが決まりです。まさか当方が70歳を過ぎて自分自身が派遣社員になるとは

まったく予定外でした。人生何が起こるか???ですね!

 21日(火)は5時起きでPC作業をしていたら、5時45分ごろ電話が鳴りました。PCの

側に固定電話の親機があるので即出ました。それが・・・もごもごと口ごもった話し方です。

当方、てっきり息子が寝ぼけて架けて来たのかと思いましたが、何か違います。

よーく聞いてみたら何と旧大七証券時代の上司(元常務)でした。何とか話の内容を理解

したところのよると、数年前から寝たきりで意識のない奥様が亡くなったとのことです。

連絡事項はこの6月に所謂”しのぶ会”をやるので出席者を募っているとのことのようです。

残念ながら当方、旧大七証券時代でつき合いのある(常務とも近い)人はいないので、自分

だけは出席しますと答えておきました。それにしてもこのような案件で朝の5時半に電話して

来ますかね?去年の夏にお会いした時はもう88歳の米寿を迎えたとは思えないぐらい

しっかりしていたのが全然違うではないですか?何とか日取りがはっきりしたら連絡ください

・・・と、確認して電話は切りました。切った後も何か釈然としません。話をする言葉も勢いも

一寸心配です。大体、高齢者や闘病者と話していればまだ大丈夫かもう危ないか(?)は

解るものです。この元上司(常務)は当方的には超心配です。現在は(寝たきりの奥様だったので)

もう数年間一人住まいでしょうから1人が慣れているはずなので大丈夫かと思いますが、会話の

勢いが少し弱く、しかも早朝の電話・・・は、やっぱり心配ですね。

 

 それでは恒例の出廷とお昼です。

20日の月曜日は法廷が無く、一日中会社での仕事です。出社時のラッシュアワーに辟易

しつつお昼は愛妻弁当です。(と言っとかないとへそを曲げるので)火曜日は超大問題の

足利簡裁出廷です。普通はJR利用で足利駅に向かいますが、この日は豪雨予想なので

東武線の足利市という駅に着き、そこからタクシー利用で簡裁まで行きました。もちろん

タクシー代は出ませんので、JR利用の交通費を請求します。それだとタクシー利用と同額

になります。それにしてもこの日の雨は台風とまったく同じでしたね。東武足利市駅から

タクシーに乗る間の豪雨はこれだけでびしょびしょ状態でした。この日の2件の被告は出席

して、いとも簡単に和解成立(豪雨の中遠方まで来たご褒美か?)して、簡裁からタクシー

会社に電話をしたら来るとき乗ったタクシーと同じ車で同じ人でした。この日の渡良瀬川

水嵩は増していますが昔はもっと凄かった(現在は水量が減っている)とのことです。

この日の昼は帰路の新越谷駅の”小諸”で天玉そばです。帰路の東武線は特急電車の

点検のおかげで約1時間遅延しました。もちろん直帰ですので矢切駅まで戻り”笑顔の湯”

に入浴して帰宅しました。水曜日の22日は変則出廷で、10時半に東京簡裁、13時半に

千葉簡裁で3件となっています。東京簡裁の仕事は被告来廷で和解成立、丸ノ内線に乗り

東京駅で降車、駅弁屋”祭”で大船軒”鳥めし”を購入、総武線快速で千葉駅まで行き、

そこから千葉モノレールで県庁前で降車→裁判所…という交通利用でした。お昼は千葉裁判所

内の休憩室で美味しく戴きましたので疲れた電車乗り継ぎは解消され(?)ました。仕事は

けっこう時間がかかり3時近くなり、帰社は4時近くなりこの日は久々に6時半まで残業・・・

という結果でした。この日も帰路の武蔵野線が遅延です。帰宅は7時40分ごろと相成った

次第です。超疲れました。そして、昨日の金曜日はこれも遠い飯能簡裁です。ここはけっこう遠く

お昼は西武池袋線秋津駅とJR武蔵野線新秋津駅の間(500m近くある)に数多ある

食堂からこれも何時も同じ”なか卯”の親子丼小うどんセットで済ませました。この日はどの

交通機関も大した遅延が無く普通に夕方の6時過ぎぐらいに帰宅できましたが、疲れた

3日間でした。連休明けの3週間は高齢の派遣社員にとっては仕事し過ぎの感が強すぎる

所業でした!?!。

 

 先週の競馬ですが、新潟競馬は負けた結果、6200円→5200円となっています。

今日は競馬はありませんが、明日の土曜日は適当に遊んでもし取れたら翌日のダービー

では3連単の大勝負をする予定です。昔、ウォッカという牝馬が64年ぶりの優駿優勝

となり、当方の記憶では3連単で100万円超が出たはずですので此の2番手を期待して

やって見たく希望していますがまず土曜日で勝たなければなりません。最低10万円ほど

は必要です。3連単は60通り→80通りは買いますので。100万円馬券を1000円で

とれば…そうです1000万円となりますので。もしこれが実現したら止めた(足を洗った)

はずの株(ネット口座がまだある)に全額担保投入、信用取引で3.3倍の3300万円

の勝負、倍にしますので税金引いて3500万ほどになるでしょう!?!これが実現したら

オーストラリアのゴールドコーストコンドミニアムを購入、老後を過ごす予定です。

 

 ということで、休みのせいか、あらぬ妄想にしたってしまいました。大変失礼しました。

 

 

では、ニーチェと量子物理学です。お付き合い願います。

 

 

ニーチェ

 

 

 

 

七 強い天性は抵抗を必要とする、したがって抵抗を求めるのである。たとえば女は復讐心が強い。これは女の弱さに由来していることだ。女が他人の困窮に敏感なのもやはりその弱さから来ている。―― 攻撃する者の強さを量る一種の尺度は、彼がどの程度の敵対者を必要とするかということである。―― 私の兵法は次の四箇条に要約できる。第一、私は勝ち誇っているようなもののみを攻撃する―― 事情によっては、それが勝ち誇るようになるまで待つ。第二、味方が見つかりそうにもないような、自分一人で立ち向かうような――自分一人だけを危険にさらすような、そんなものだけを私は攻撃する・・・私自身を危険にさらさないようなそんな攻撃を私は一度だって公にしかけたことはない。これが私の正しい行動の規準である。第三、私は決して誰かれの個人を攻撃しない―― ただ私は個人を強力な拡大鏡として利用するだけだ。第四、私は個人差の入り込む余地のないものだけを、いやな経験というような個人的な因縁などの全くないものだけを攻撃する。

 私はキリスト教に挑みかかる資格があるのだ。―― キリスト教の中でも最もまじめな人々は私に対していつも好意を寄せてくれた。私自身も、キリスト教に対する一個の過酷な敵対者ではあるが、だからといって、数千年の宿命であるものを一個人のせいにして恨むなどということは私には思いもよらぬことである。

 

 まことに、ツァラトゥストラは、すべての低地にとって、一陣の強風なのだ。彼はその敵とぺっぺと唾をはくすべてのやからとに向かって戒める、風に向かって唾をはくな!と・・・

 

 

 

 

量子物理学

 

 

 

 

 

 科学は神秘主義へと至らなければならない。そして我々以外の意識形体と知覚形式を研究しなければならない。科学は古いものをすべて投げ捨てて、新しい認識論から始めなければならない。この新しいアプローチを提供するのは神秘主義である。

数学は可視的で測定可能な世界の境界線を越えて成長、拡大するということを科学は否定することができない。

 数学は思想の前提であり、我々の想像力と表象力の先駆者である。数学はすでに、我々が想像することも考え出すこともできないような関係を計算している。

 これらのことすべては、厳密に実証的な観点からも否定できない。そして、数学の視野を、感官によって知られ得る世界、すなわち感官に(理論上のことではあっても)到達可能な世界を超えて拡げ得るという可能性を認めるならば、まさにこの事実によって、科学は「無限空間」と論理学を遥かに超えて現実を拡大することを認めなければならない。換言すれば、科学は「高次元世界」の実在を認めなければならない。

 高次元世界の実在を認めるならば、「奇跡」の世界を理解し認識するための移行をすでに成し遂げたことになる。そして「奇跡」への移行は、我々の論理学の観点からは不条理で不可能に見える新しい諸関係の実在を認めることなしには不可能である。