PNC会員へ・・・

会員のみなさま 1028                  後醍院 廣幸
 
おはようございます。本日は2019年11月28日(木)、現在は朝の8時半です。
 
 本日は休みでもないのにPNCを書いています。理由は2つあります。本日の
法廷出廷が麻生簡裁(潮来)16時30分であることで家を出発するのが11時過ぎ
となることです。もう一つの理由は明後日の土曜日が”土曜昼飲み会”があるので、
午前中に家を出発するからです。というわけで、本日と土曜日のPNCはやや少な目
に書いてお茶を濁すこととします。
 
 本日も雨が降り始めました。11月には珍しい今日で7日連続降雨となりました。
夏以降の降雨量は台風の連続上陸も含め、異常感が発生するほどです。
台風ですが、26号と27号が簡単に消滅したので今週での28号発生が難しそう
だと思いきや、何の!軽々と発生しました。まだまだずっと南に存在していますが、
この28号は列島には近づきそうにないので心配ご無用です。今回の台風発生で
これまた11月での発生件数が26年ぶりとなるそうです。つまらないものばかりが
記録更新となっています。
 
 当方の体調ですが、相変わらず仕事場で事務仕事をしている4時過ぎぐらいから
首肩の懲りがきつくなり気分は下降気味です。それでも今週のすべての日にちで上等な
快眠・快便が連続し、体調は最高です!これだけ上等な怪の連続でも首肩の懲りだけ
は消えてくれません。最大の原因は所謂運動不足と眼の酷使でしょうか!?!
良い悪いが身体のあちこちで引っ張り合っている我が心身です。
 
 日曜日に千秋楽を迎えた相撲ですが、超つまらなかったという印象だけが悪夢の
ように身体を攻撃します。白鵬の悪辣所業には言及する気も起きませんが、期待の
若手の体たらくにはがっかり感が強すぎます。休場した上位陣はもういうことなく、
これからの相撲界を引っ張っていく力士たち―貴景勝・朝乃山・御嶽海あたりの特に
白鵬戦での体たらくは本当に相撲はもう見ない…と言いたくなります。
 卑怯な取り口は百も承知しているのだから、もう少しやり様があるでしょう・・・と、
悔しくてなりません。北の富士のコメントも寂しげです。
 
 次には競馬です。土曜日が完敗で迎えた日曜日は10Rと11R(ジャパンカップ)の
2鞍を買いました。10Rは2点しか買っていないので外れは当然です。問題のJカップ
ですが、5番の馬から(騎手は外人)1・2・6・8・9と流しました。結果は5→1と来て
1-5の馬連は2900円の配当でした。当方は2900円×300円で8700円の配当、
収支はプラス11,400円となりました。今週の中山競馬で資金増を計り、12月22日の
有馬記念で大勝負を計りたく存じます。
 
 
 それでは3日間のお昼を行きます。月曜日は法廷出廷が無く、家から”感謝妻弁当”
持参、食堂で美味しく戴きました。火曜日は地元の市川簡裁でした。普通に仕事が終了、
逆走して市川駅まで戻り、坂内のラーメンにしました。昨日の水曜日は午前中に越谷で3本の
法廷、その後は変則で2時に松戸簡裁へ行って来ました。お昼は越谷での法廷で時間が
罹ったので新越谷の”小諸”は諦めて、南越谷駅内の”きらく”で竹輪天玉蕎麦にしました。
 出廷とお昼は簡単にこれで終わりです。本日は遠方に4時半出廷です。家を11時過ぎぐらい
に出て、市川駅近くの”富士そば”でカツ丼でに挑戦しようかと思案中です。次の金曜日も
遠方の水戸です。ここへは朝の7時40分に出発します。10時に水戸駅に着いた途端に
ニューデイズで”とりあい弁当”を購入する予定です。この2日間は土曜日に報告します。
 
 現在はまだ9時15分ですので家を出発時間まで2時間ほどありますが、書くことは土曜日に
送ります。
 
 
それでは量子物理学だけ行きます。
 
 
 
通常の見解では、「アストラル領域」とは「主観的世界」が外部に投影されて「客観的世界」とみなされているものと定義できるかもしれない。誰かが「アストラル(星状)」と呼ばれているもののほんの一滴でも客観的存在を証明することができれば、それが四次元世界だと言うことができるだろう。
 
「アストラル理論」の説明。
 物質原子を分割することで生み出される特殊な微細物質―アストラル物質―は物理的な諸力の大部分の作用には従わず、物質には影響しない諸力の作用に従う。かくしてこの「アストラル物質」は心的エネルギー、意志、感情や欲望など、アストラル領域における現実的な力に従属する。これが意味するのは、人間の意志、そして感官の反応や感情的衝動は、物理的な力が物体に作用するのとちょうど同じように、「アストラル物質」に作用するということである。
 
 この本の第10章「新しい宇宙像」の中では、「時間」と「空間」の問題がいかに物質の構造の問題と結びつき、その結果、世界の構造の問題と結びついているか、そしてそれがいかに、疑似オカルトや疑似科学の仮説を必要としない、実在世界の正しい理解と結びつくかを示している。