PNC会員へ・・・

会員のみなさま 1291                    後醍院 廣幸
 
おはようございます。本日は2021年2月11日(木)、現在は朝の7時40分です。
 
 今日は全国的に国民の祝日である”建国記念の日”で休日です。
木曜日の祝日は有難いものですね!終業後の当方的”毎日が日曜日”人間には
縁が無い平日のお休みですが、現在のような不要不急の外出自粛中でも都の繁華街
あたりには出かけたくなる気もして来ます。どうぞ、マスク防備でお出かけください!
当方の人混み行きは当面パスですが体調を調えることに専念しておきます。
 今日の午前中は墓参り→すし松→ヤオコー→ビッグボス・・・と廻り、午後には
じゅんさい池1周ウォーキング”は励行する予定です。
 
 本日もピーカンまでは行きませんが青空の広がる好天で、このままほゞ晴天の
日々が連続しそうです。”毎日が日曜日”で閉じこもり・巣篭りの状態から本当は脱出
したいのですが、本格的外出はまだ無理ですね!?!
 
 コロナ禍ですが、昨日の東京の感染者数は491人とやや多めで全国では1887人
となっています。10都道府県の12日の解除は見送られましたが、この1週間の感染者数
の推移によっては19日以降の解除があり得るかもしれません!?!もうチョイの我慢
ですね!今週のメイン報道や討論はほとんど森会長関連となり他にはワクチン摂取と
新型ウイルスの変異種問題に集中されています。
 森会長関連の報道・討論の行方は今日あたりから次期会長の人選に集中しそうです。
もう森の辞任は確定事項となっているようです!?!
 何でこんなつまらない蜃気楼事案を毎日集中的に報道しているかというのは、やはり
東京五輪開催の有無が超気がかりだからでしょう!五輪開催=お金儲けの手合い・・・
の図式が崩れたら困る世界の悪達が居るからです。観客だろうがアスリートだろうが
これらの人々がコロナ禍で死のうが生きようがそんなことはどうでもいい手足です。
観客の在る無しなんかどうでもよく、五輪のテレビ放送が出来ることだけを望んでいます。
 
 下に、東京五輪関連情報から”五輪完全消滅””時代錯誤の森五輪”五輪終わり”という
論考を3件ほど添付しますので長いですがさらっとお読みください!
 
 
 
「日本のマスコミの皆さんはいい加減」「記者たちは修正もせず(略)全く無責任な連中が多い」
 女性蔑視発言の謝罪会見で“逆ギレ”して、さらなるひんしゅくを買っている東京五輪パラリンピック組織委員会森喜朗会長。4日夜、「BSフジLIVE プライムニュース」に生出演した際には、反省どころか的外れなメディア批判を繰り返していたから何をかいわんや。結局、自身の発言内容の何が問題視されているのかという自覚も責任も感じていないのだろう。
 
 森に代わって蔑視発言の火消しに躍起になっている橋本五輪担当相は、5日の閣議後会見で、IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長から、「よく理解した」と電話で伝えられた――などと説明していたが、もはや手遅れ。国民の森批判の声は高まる一方だ。
 とりわけ、国内以上に敏感に反応しているのが海外だ。フランスの欧州問題担当相を務めた欧州連合(EU)のナタリー・ロワゾー欧州議会議員はツイッターで、「あなた(森)には(仏語で)2語で十分。お黙りなさい」と投稿。米紙ワシントン・ポスト(電子版)も森を「人の感情を害するような発言が多い元首相」と紹介し、「性差別発言で謝罪したが、辞任は否定した」などと批判的に報道。森の前代未聞の蔑視発言はSNSなどを通じて世界中に拡散している。
 
呪われた五輪にふさわしい終わり方
 
「森会長を組織委員会のトップにすることを開催都市としてどう思うのか」
 
 東京都の「オリンピック・パラリンピック準備局」には国民からの抗議電話が殺到。タダでさえ世論調査で8割前後の国民が東京五輪の中止や再延期を求める中で、五輪に対する負のイメージがさらに高まるのは間違いない。
 
 このまま森が会長に居座り続ければ、国内外の女性アスリートだって黙っていないだろう。今後、東京五輪への出場を取りやめたり、あらゆる競技で抗議運動が起きたりしても不思議じゃない。東京五輪は国民やアスリートからのボイコットという最悪の形で中止に追い込まれることになるわけだ。
 だが、ある意味、「呪われた五輪」にふさわしい終わり方ではないか。
 安倍前首相の「福島原発事故の汚染水はアンダーコントロール」という大嘘の演説と、酷暑の夏を〈アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候〉と偽った「立候補ファイル」で世界を欺き、招致には成功したものの、その後は醜聞だらけ。当初の国立競技場の「ザハ案」は白紙撤回を余儀なくされ、公式エンブレムは盗作騒動で差し替えに追い込まれた。招致活動をめぐる裏金賄賂問題も発覚し、JOC(日本オリンピック委員会)の竹田前会長は汚職疑惑を調べるフランス当局の捜査対象だ。
 
 さらに開催直前でのマラソン競歩コースの札幌変更、トライアスロン会場であるお台場の海をめぐる“肥だめ騒ぎ”……など、まるで「平和の祭典」に程遠い。そのトドメが五輪憲章に触れる女性蔑視発言なのだから、国民にとっては「もういい加減、開催は勘弁して」というのが本音だろう。
 
 スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏はこう言う。
 
「森会長の発言は論外として、そういう独断専行の行動を許している今の日本のスポーツ界の体質にも問題があります。海外メディアが大きく取り上げたことで日本のスポーツ界の異常体質が世界に拡散され、五輪不参加を表明する競技団体が増える可能性もあるでしょう。もはや蔑視発言は撤回では済まされない大問題なのです」
 
私利私欲のために五輪開催に固執してきた安倍・菅政権
 
 自滅まっしぐらの東京五輪は、ベラボーなカネも問題だった。
 
「コンパクト五輪」などと言っていた大会経費は当初は約7000億円だったにもかかわらず、今や3兆円を超える勢いだ。そんな嘘で塗り固めた“ペテンピック”を、よりによって世界中に新型コロナウイルスが感染拡大する中で強行しようとしているのだから正気の沙汰じゃないだろう。
 
 安倍も菅首相もそろって、口を開けば「(五輪開催は)人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」などと言っていたが、最初の感染者が確認されてから1年以上も経つのに何の対策も講じてこなかったのが安倍・菅政権だ。
 
 昨年春から冬の第2、第3波が予想され、今のような医療体制の逼迫、崩壊が懸念されていたにもかかわらず、夏場に少しばかり感染者が減ったと見るや否や、新型コロナ収束後に開始予定だった「GoToトラベル」を前倒しで強行し、逆に感染を広げる始末。慌てて緊急事態宣言を再発令したものの、後の祭り。「切り札」とみるワクチン接種の開始時期すら分からず、どうやってコロナに「打ち勝つ」というのか。すでに「大惨敗」「不戦敗」ではないか。
 
 徹底した感染対策によって居住者の新規感染者ゼロが続いているオーストラリアのシドニー・モーニング・ヘラルド紙は疫学者の署名記事を掲載。日本の感染対策は不十分と厳しく指摘し、「東京オリンピック開催は感染の大災害を招く」としていたが、これが世界の見方なのだ。
 
メディアの批判記事はいつもアリバイ程度
 
 そもそも常識的に考えれば、世界中で新型コロナの死者が増えている中で、お祭り気分の五輪開催が歓迎されるはずもない。
 
 何から何までいかがわしい安倍・菅プロジェクトである東京五輪は今や風前のともしびで、漫画的な幕切れの予兆を感じさせる。国民は笑えないが、後世の歴史家はあまりのアホらしい展開に驚くに違いない。バカバカしさの極致と言っていいが、そんな安倍・菅政治をあおりまくった大メディアの責任も大きいだろう。
 
 護送船団方式で五輪スポンサー企業に名前を連ね、問題だらけの招致活動も汚職疑惑も批判記事はアリバイ程度にチョボチョボ。膨れ上がる大会経費は国民、都民の将来の負担増につながるのに、そうしたマイナス部分には目をつむり、バラ色五輪みたいな狂騒報道ばかり続けてきたからだ。
 
 もはや東京五輪の中止は当然としても、振り回された国民とアスリートは救われない。東京五輪を政権の延命策に利用してきた安倍・菅というペテン首相を筆頭に、きっちりと落とし前をつけさせる必要があるのは言うまでもない。
 
 五輪招致問題などに詳しいジャーナリストの横田一氏はこう言う。
 
東京五輪を開催して国民の高揚感を高め、そのまま総選挙に突入して自民党圧勝に持ち込む、という私利私欲の身勝手なシナリオのために安倍・菅政権は五輪開催に固執してきた。それが開催可否の判断が先延ばしされてきた最大の理由であり、コロナ対策が後手後手に回った原因でもある。この安倍・菅政権の怠慢政治の責任は厳しく問われるべきです」
 東京五輪中止とともに、森・安倍・菅もそろって表舞台から追放だ。
 
 
 
 
 
植草一秀の『知られざる真実』」
 
                             2021/02/09
 
           東京五輪開催正当性が完全消滅
 
               第2847号
東京五輪組織委の森喜朗氏が女性蔑視、女性差別の発言を示した。
 
JOC臨時評議会での発言だ。
 
翌日、森氏は謝罪会見を開き、発言を撤回した。
 
しかし、自分の発言を謝罪する真摯な姿勢は示されなかった。
 
質問する記者に「面白おかしくしたいから聞いてんだろ」と逆ギレする会見
だった。
 
組織委会長は最高ポスト。
 
東京五輪の顔である。
 
東京五輪女性差別五輪であることを全世界に発信したに等しい。
 
事態収拾に向けて森氏の去就が焦点になるが、反応があまりにも遅い。
 
会議では笑い声が発せられたと伝えられている。
 
ボランティアに参加予定の市民多数が森氏の対応を踏まえてボランティア参加
を見送ることを組織委に通告した。
 
このことに対する自民党二階俊博幹事長の発言が批判を集めている。
 
二階氏はボランティア参加を見送ることを通告した市民の対応を「瞬間的」だ
として、「落ち着いて静かになったら、その人たちの考えもまた変わる」と述
べた。
 
二階氏は、
 
「どうしてもおやめになりたいということだったら、また新たなボランティア
を募集する、追加するということにならざるを得ない」
 
とした。
 
さらに
 
「参画しよう、協力しようと思っておられる人はそんな生やさしいことではな
く、根っからこのことに対してずっと思いを込めてここまで来た」
 
としたうえで、
 
「そのようなことですぐやめちゃいましょうとか、何しようか、ということは
一時、瞬間には言っても、協力して立派に仕上げましょうということになるん
じゃないか」
 
との見解を示した。
 
ボランティア参加を見送る判断を示したことを
 
「そのようなことですぐやめちゃいましょうとか、何しようか、ということ」
 
と表現し、その判断が
 
「協力して立派に仕上げましょうということになる」
 
とした。
 
この表現は、参加取りやめの判断を非難し、この人々が「改心する」ことにな
るとの意を含むもの。
 
問題の出発点がどこにあるかを踏まえない逆ギレ対応の典型だ。
 
市民の判断は
 
「そのようなことですぐやめちゃいましょう」
 
というものでない。
 
五輪トップが女性に対する根拠のない偏見を理由に女性差別を高らかに語った
ことが問題の根源。
 
森氏の発言に弁明の余地はない。
 
森氏が女性差別主義者であることが内外に明白に示されたものだ。
 
しかも、森氏は謝罪会見で真摯な謝罪の姿勢を示さなかった。
 
森氏が反省していると受け止められていない。
 
森氏の発言は五輪憲章に定められているオリンピズムの根本原則を踏みにじる
もの。
 
東京五輪のトップがオリンピズムの根本原則を踏みにじり、反省の姿勢も示さ
ないなら、ボランティアで参加する考えを変えない方が不自然だろう。
 
二階氏の発言は二階氏自身が今回の問題の深刻さをまったく理解していないこ
とを示すもの。
 
政治の力で上から圧力をかければ何とでもなるとのおごりしか見えてこない。
 
二階氏は森会長の進退について
 
「周囲の期待に応えてしっかりやっていただきたいということを我々は心から
念願する次第だ」
 
と述べた。
 
女性蔑視、女性差別発言を示し、反省の姿勢も示さない森氏の続投を念願する
というのは、森氏の姿勢に賛同するものと受け止められる。
 
世界は森氏だけでなく二階氏も同じ考えの保持者であると受け取るだろう。
 
森氏や二階氏に対して周辺の者が公然と異を唱えない。
 
腐った組織だ。
 
このような人々が日本の中枢に居座ることは日本の恥である。
 
森氏の周辺から聞こえる声は理屈にならない理由で森氏の続投を容認するもの
ばかり。
 
JOC会長の山下泰裕氏も正論を示すことができない。
 
自民党からも理屈にならない理由が示される。
 
なぜ腐敗するのか。
 
彼らのつながりが「利権」のつながりだからだ。
 
善悪や正義・不正義の判断がベースに置かれることがない。
 
損をするか、得をするか。
 
すべての判断の基準に損得勘定が置かれている。
 
五輪が掲げる理念と現実がかけ離れている。
 
IOC(国際オリンピック委員会)自体が利権追求の組織である。
 
「平和の祭典」の装飾を施して「利権の祭典」を実行しているに過ぎない。
 
現代においてスポーツはひとつの「産業」と化している。
 
スポーツを産業として認識し、スポーツ産業の最重要収益事業が五輪であると
理解することが現実を分かりやすいものにする。
 
五輪はスポーツ産業の最重要収益事業である。
 
その存在を否定する必要はない。
 
しかし、五輪が収益事業であるなら、国民が血税を注ぐ必要はなくなる。
 
この産業から利益を享受する者が自律的に運営すればよいだけのこと。
 
この利権事業に無償で労働を提供するボランティアが募集されることが不自然
である。
 
組織委員会の職員は高額報酬を手にしている。
 
森喜朗氏は組織会長としての報酬を受け取っていないと伝えられているが、森
氏は五輪に関係する巨大利権の甘い蜜を吸い続けてきたと見られている。
 
すでに亡くなられた自民党幹部が森氏の利権渉猟の姿勢を強く批判していた。
 
五輪という巨大な収益事業にスポンサーが巨大な資金を投じる。
 
企業は投下資金が経済合理性に適うと判断して資金を投下している。
 
経済合理性に反する資金投下は企業の株主が許さない。
 
巨大な建造物が建造され、スポーツ関連団体はその恩恵に浴する。
 
各スポーツ団体はスポンサーが投下する巨大資金のおこぼれを頂戴する。
 
その資金がスポーツ団体幹部や職員の所得を形成する。
 
この巨大なカネの流れがあるために、正論を提示できない状況が生まれてい
る。
 
利権によって善と悪、正義と不正義の境界が歪められている。
 
こうしたカネの流れが産業のなかで自己完結するのであれば目くじらを立てる
必要はない。
 
スポーツが一般の産業と大きく異なるのは、そこに巨大な財政資金が投下され
るからだ。
 
そうなればスポーツ興行を単なる一産業の興行として放任することは妥当でな
くなる。
 
組織委の職員が高額報酬を受け取りながら、多数のボランティアが無償で駆り
出されることも合理性を持たない。
 
また、五輪開催がコロナリスクを高めることは、五輪が国民に不利益を与える
ことを意味する。
 
このとき、五輪開催を強行する合理的な理由は存在しない。
 
海外から来日する選手と関係者だけで1万5000人を超える。
 
この数の外国居住者が日本国内に入国すればウイルスが持ち込まれるリスクは
極めて高い。
 
これまでの実績から見ても、水際対策が有効に作動するとは考えられない。
 
ワクチン接種は遅れており、「人類がコロナに打ち勝った証としての五輪」を
開催することは不可能である。
 
五輪開催は巨大リスクを伴う。
 
その巨大リスクによる損害を蒙るのは日本の主権者国民だ。
 
この現実を踏まえて日本の主権者の8割以上がこの夏の東京五輪開催に反対し
ている。
 
日本は国民主権の国家である。
 
森氏の退陣以前に五輪開催の正当性が消滅していることを日本の主権者が確認
することが先決である。
 
 
 
植草一秀の『知られざる真実』」
 
                             2021/02/10
 
           時代錯誤の根源は自民党改憲
 
               第2848号
東京五輪組織委の森喜朗会長の引責辞任が確定的になった。
 
極めて対応が遅い。
 
2月4日の時点で辞任の意思を固めていたのであれば辞意を表明すればよかっ
たはずだ。
 
辞意を固めたが回りに遺留されたというのは自分で作った居座りの口実に過ぎ
ない。
 
出処進退は自分で決する。
 
これが基本。
 
周囲に何かを言われて撤回するのは職を辞する決意がなかったことの表明だ。
 
体裁を取り繕ろってポストにしがみつく姿が醜悪だ。
 
ハフポスト日本版は森氏の過去の発言について以下の二例を取り上げた。
 
 
毎日新聞などによると、森氏は2003年6月に鹿児島市内で開催された公開
討論会で少子化に言及し、
 
「子どもを一人もつくらない女性が、好き勝手とは言っちゃいかんけど、まさ
に自由を謳歌して楽しんで、年取って税金で面倒見なさいちゅうのは、本当は
おかしい」
 
と発言したという。
 
子どものいない女性を問題視するかのような暴言。
 
朝日新聞2007年7月12日朝刊が、森氏が富山市内で講演した際に、新幹
線の新駅建設を「もったいない」とした嘉田由紀子滋賀県知事(当時)に対
して
 
「女の人だなあ。やっぱり(視野が)狭いなあ」
 
などと発言したと報じたことを伝えた。
 
今回の発言は言い間違いではない。
 
森氏の考えを述べたもの。
 
本人はなぜ問題になっているのか理解できないのだろう。
 
謝罪会見でも反省の姿勢は見られなかった。
 
典型的な「逆ギレ」会見。
 
森氏の発言が五輪憲章にあるオリンピズムの根本原則に反していることは明
白。
 
このことで、世界中からの森氏への批判が沸騰している。
 
本ブログ、メルマガで利権追求のIOCがこの問題に蓋をするならIOCが批
判の対象になると指摘した。
 
指摘が届いたのかどうかは分からないが、IOCが態度を翻して森氏発言を
「完全に不適切」とする見解を公表した。
 
東京五輪女性差別主義者によって統率されているとの理解が世界に広がっ
た。
 
森氏の引責辞任は回避しようがない。
 
2月12日の組織委員会会合で森氏の辞任と後任会長の選出が行われることに
なる可能性が高い。
 
この騒動のなかで組織委員会菅内閣自民党の対応があまりにも遅い。
 
これらの組織がすべて森氏と基本的な考え方を共有していることが背景だ。
 
問題の重大性をまったく認識できていない。
 
菅内閣萩生田光一文科相は次のように発言した。
 
「『反省していないのではないか』という識者の意見もあるが、森氏の性格と
いうか、今までの振る舞いで、最も反省しているときに逆にあのような態度を
取るのではないか」
 
驚きの発言。
 
森氏「謝罪」会見の動画を閲覧した上での発言だとしたらなおさらだ。
 
「最も反省しているときに逆にあのような態度を取るのではないか」
 
と萩生田氏が考えるとして、萩生田氏は学校教育を司る文科相の長として、そ
の考えを学校教育の場に適用する考えを有しているのか。
 
過ちを犯して、その過ちを認めて反省して謝罪する。
 
謝罪は謝罪が謝罪として受け止められなければ意味がない。
 
そのために謝罪には謝罪の流儀がある。
 
「逆ギレ」して悪態をつくことを「最も反省しているときに取る態度」として
認めることを普遍的に適用する考えがあるのか。
 
森氏が清和政策研究会細田派)の重鎮であるから媚びを売っているだけに過
ぎないのではないか。
 
自分の利害得失、損得を優先して正論を述べることができない、正論を述べな
い、男社会の醜悪さを鮮明に示している。
 
森喜朗氏は2月3日のJOC評議委員会で次のように述べた。
 
「オリンピック、ぜひ、どんなことがあってもやります。」
 
「役員のために、JOCのために、組織委員会のために五輪があるわけではな
いんです、IOCのためでもないんです。
 
日本のアスリートのためでしょ。
 
アスリートは、この本番でお客さんがいなくてもやりたいと言ったら、やらせ
てあげるしかないじゃないですか。」
 
ここに森氏の考え方が投影されている。
 
五輪を無理やり開催するのは、
 
「世界のアスリートのため」ではない。
 
「日本のアスリートのため」だと森氏は主張する。
 
五輪憲章はオリンピズムの根本原則のなかで「国」による差別を禁じている。
 
五輪は国威発揚の場ではない。
 
「日本のアスリートのために東京五輪を何としてもやらなきゃいけない」
 
という東京五輪組織委会長の発言を世界のアスリートはどう受け止めるか。
 
IOCはどう受け止めるか。
 
森喜朗氏も自民党幹事長の二階俊博氏もオリンピズムの根本原則に関心はない
のだろう。
 
女性蔑視、女性差別はオリンピズムの根本原則に明確に反する。
 
遅ればせながらIOCが示したように「完全に不適切」だ。
 
東京五輪のトップがオリンピズムの根本原則を踏みにじり、平然と女性蔑視、
女性差別の主張を示すなら、オリンピズムの精神に賛同してボランティア活動
を提供しようとする市民が背を向けるのは当然のこと。
 
悪いのはオリンピズムの精神を踏みにじる者であって逆ではない。
 
それを「どうしてもおやめになるというなら新たにボランティアを募集する」
と開き直られたら立つ瀬がない。
 
ものごとには道理というものがある。
 
権力を笠に着て道理を踏みにじり、人々の善意を踏みにじるなら、必ずその報
いが本人に向かうことになる。
 
森喜朗氏も二階俊博氏も引き下がるべきときが来ている。
 
自民党は2012年4月に憲法改定案を示した。
 
この憲法自体が時計の針を逆戻しするもの。
 
この時代逆行を踏まえれば森氏や二階氏の言動は不自然なものでない。
 
自民党改憲案の大きな特徴は以下の三点。
 
第一は基本的人権の尊重を著しく後退させたこと。
 
第二は権力の暴走を憲法が食い止めるという立憲主義の根本原理が踏みにじっ
ていること。
 
第三は憲法24条に一文を挿入し、個人を「イエ」のなかに閉じ込める重大な
変更を盛り込んだこと。
 
日本国憲法第97条が丸ごと削除された。
 
日本国憲法第97条
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の
努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来
の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
 
第21条が定める、集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由につい
ては、第2項として
 
公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的と
して結社をすることは、認められない。
 
との条文が新設された。
 
第102条には
 
全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
 
が新設された。
 
日本国憲法では憲法尊重遵守義務は天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁
判官その他の公務員に課すものだった。
 
それが自民党改憲案では憲法が国民を縛る存在に変質する。
 
立憲主義の否定である。
 
第24条に
 
家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。
家族は、互いに助け合わなければならない。
 
の条文が新設された。
 
国家と個人の関係を希薄化させて、国家と個人の間に「イエ」の存在を規定す
る。
 
「イエ」が個人を管理し、国家が「イエ」を通じて個人を管理する体制に回帰
させることが目論まれている。
 
要するに大日本帝国憲法封建制度への回帰が企図されている。
 
この現実を踏まえると、森喜朗氏や二階俊博氏の時代錯誤は事故ではなく順当
な現象だと判断される。
 
 
 ということです・・・こんなところで五輪は終了ということのようですね!!!
 
 
 それでは”関東限定ドサ回り的簡裁出廷”の埼玉県版では本庄に行ってみます。
 
 埼玉県の一番奥というか群馬県の県境に近い最奥の簡裁はこの本庄簡裁です。
高崎線利用では最後の駅です。この裁判所は駅から結構遠い割(20分)にはバスは
ありません。7~8年間で20回以上は出廷していますが、最初の頃は何度も
道に迷いまともに到着出来ませんでした。これらの地方都市はどこも同じですが、
街に人の姿がほゞありません。歩いていて道に迷っても聞く人が居ません。
お店もほとんどなく、店が開いていても店主も店員もまず皆無の状態です。
それでも何とか簡裁には着くことにはなっていますが(当たり前)、つまらない仕事
での出廷は残念事項です。一度、法廷の時間に被告が来ないので”和解に変わる決定”
にしてもらって帰ろうかと玄関を出たら、若い被告がやって来たではありませんか!
この被告は駅から簡裁までの道に迷い1時間近くうろうろしていたようです。
早目に簡裁に電話して道を聞けよ…と言いたいです。法廷は終わっていますので
この若い被告からは仕事先などの事情聴取だけはチャンとしてこの日の仕事は終わりに
しました。この日の被告のような手合いは我が簡裁法廷では多く、何か覇気がなく、
何を考えているのかも???で、事情聴取してもちゃんとした答えが返って来なくて
困ります。こんな人たちが主力の被告がその80%か90%となります。疲れる仕事ですね!
 数年前まではこの本庄出廷時は高崎駅まで足を延ばし(20分ぐらい先)、高崎駅名物の
駅弁”鶏めし弁当”を購入、帰路の電車で食することが一番の楽しみでした。勿論、高崎簡裁
や前橋簡裁、ずっと先の沼田簡裁や中之条簡裁に行った時もまずこの高崎の鶏めし弁当に
します。鳥弁に関してはここ高崎と水戸が関東の東西横綱でしょうね!!!当方、今日でも
行きたいです!?!
 埼玉県版”関東限定ドサ回り的簡裁出廷”の高崎線利用はここまでで、明日以降は
武蔵野線乗継の各簡裁に向かいますので乞うご期待!!!です。
 
 本日は女房の仕事も休みなので3連続断酒から解放され、やや飲みにします。
近場のボスでストックがほぼなくなったホッピーとバーボン、南部美人特別純米
買って、冷やして飲むことにします。
 昨日は断酒3日目でしたが、早目に就寝して朝までまず一度も起きずにぐっすり寝
が達成されました!やっぱり、酒は本当に完璧な就寝には不可のようです!?!
昨日は7時間半の就寝でしたが、もう9時間ぐらいの就寝と同等のようでした!
良好な就寝には酒は大敵と決定しますが、本日は3日間明けたので楽しく嬉しく美味しく
戴きます…ざまー見ろ―→です!!!!!
 
 では、今日は添付が長かったのでここまでにします!  では、また明日・・・